8. 引用詞


8.1. 後置引用詞


8.1.1. ma[2] (中部方言のみ)

8.1.2. şo

8.1.3. ya 


8.2. 前置引用詞


8.2.1. ki (*)


(*) 外来語です


本稿での引用詞の定義は次のとおりです。


後置引用詞 =「引用文に後置して先行文が引用であることを示す不変化詞」


前置引用詞 = 「引用文に前置して後続文が引用であることを示す不変化詞」


ラズ語の引用詞は、日常会話の日本語で引用文の後に用いる「と」および「って」、漢文訓読調の日本語で引用文の前に用いる「いわく」「のたまわく」と同じ機能の語です(: 「いやだ言ってます」「いやだって言ってるよ」「首相いわく人生いろいろ」

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8.1. 後置引用詞

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8.1.1. ma[2] (PZ)(FN)(AH)(HP) ~ と私は言った、~ と私たちは言った

人称代名詞ma[1] (1)(私、僕、俺)と同じ形態の引用詞ma[2] は、話者自身の発言を引用するときに用います。


Çamlıhemşin-Ardeşen方言では、ma[2]の代わりに後述する引用詞ya (→ 8.1.3.)を用います。話者が単数でも複数でも語形は変わりません。


(1) 本章以外では、煩雑さを避けるために、単にmaとのみ記しています。


引用詞ma[2]には三種類の用法があります。


[1]「単独で引用文の後に立つ」

[2]「動詞zop’ons (言う)またはu3’umers (特定の相手に言う、告げる)を伴う」

[3]「接続詞doを介してzop’ons, u3’umers以外の動詞に続く」


後続する動詞の主語は一人称に限ります。

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8.1.1.1. 単独用法 ~ と私は言った、~ と私たちは言った


(A) Çku si “Mot mulur” ma. (FN)(AH)


[] 私たちはお前に「来るな」と言ったんだよ。


çku : 人称代名詞一人称複数(私たち、僕ら、俺たち......)

si : 人称代名詞二人称単数(あなた、君、お前.......)

mot mulur : mulun (やって来る) : 禁止法単数

ma : 引用詞



(B) “Toliz mu gağodu” ma şa “Berek gemçu” ya. (FN)


[] 「その眼はどうしたの」と訊いたら「子供に傷つけられた(*)」と言った。


(*) ●●● ラズ語の動詞には「泣かれる」「小言を言われる」「金を盗まれる」のような「迷惑・被害を表現する形式」がありません。ラズ語としては同一の文が、文脈によって、いくつもの日本語文に対応することがあります。


toliz : toli () : 処格

mu : 疑問代名詞(何が)

gağodu (1) : ağoden (身に降りかかる) : あなたの身に降りかかった

ma : 引用詞

şa (*) : 等位接続詞

berek : bere (子供) : 能格

gemçu (1) : geçams (傷つける) : その人が私を傷つけた

ya : 引用詞


(1)「被害者標識」を含む複人称活用形です。動詞の章で詳述します(→ 11. ~)

(*) (→ 7.3.)



(C) “Gale mot dopsum, oncğore yen” ma şa “Mitik komz*ira-na oncğore yen” ya. (FN)


[]「外でおしっこするんじゃないよ。恥ずかしいからね」と言ったら

「誰かに見られたらだよ、恥ずかしいのは」と応じた。


gale : 場所と方向の副詞(外で、外へ、外に)

mot dopsum : (do)psums (排尿する)(1) : 禁止法単数

oncğore : 名詞 ()

yen : 繋合動詞 : 未完了相現在三人称単数

ma : 引用詞

şa (2) : 等位接続詞

mitik : 不定代名詞miti (誰か) : 能格

ko- : 肯定冠接辞

mz*ira (3) : z*iroms (見る)(4): m- (直接目的語標識一人称) + 完了相希求法三人称単数

-na : 条件節標識

(1) psams (PZ) ~ psums (AŞ)(FN) ~ psims (AH)(HP) ~ psips (HP)(ÇX) (→ 12.3.4.2.)

(2) (→ 7.3.)

(3) 複人称活用です。

(4) z*irems (PZ), z*irams (AŞ)

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8.1.1.2. Zop’ons (言う)またはu3’umers (特定の相手に言う、告げる)を伴う用法  ~


(A) Ma[1] oxorca-çkimiz “A gyai domixazi(r)i” ma[2] bu3’vare. (FN)(AH)


[] 私は家内に「めしの支度をしてくれ」と言うつもりだ。


oxorca : 女、女性、婦人; 妻、女房、家内、夫人

-çkimi : 人称代名詞ma (私、俺、僕)の属格形

-z : 与格標識

a : ar (一つの)の変異形

gyai : パン; 食事

do- : 肯定冠接辞

mixaziri (1) : uxazirams (他の人のために準備する) : 私のために準備しろ

bu3’vare (1) : u3’umers (特定の相手に言う) : その人に言うつもりだ


(1)「受益者標識」を含む複人称活用形です。動詞の章で詳述します(→ 11. ~)



(B) Berez “Oxorişa komoxti” ma bu3’vi şkule gu(r)i muxtu. (FN)


[] 子供に「家に来なさい」と言ったらむくれた。


berez : bere (子供) : 与格

oxorişa : oxori () : 向格

ko- : 肯定冠接辞

moxti : mulun (やって来る) : 命令法二人称単数

ma : 引用詞

bu3’vi (1) : u3’umers (特定の相手に言う) : 私がその人に言った

şkule : 動詞後置詞(~ した後で)

gu(r)i muxtu (1): 動詞句guri mulun (気に障る、腹を立てる) : その人の気に障った


(1) 複人称活用形です。動詞の章で詳述します(→ 11. ~)

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8.1.1.3. 接続詞doを介して他の動詞に続く用法 ~ と、~ と考えて


(A) Çku “Hako moxtit” ma do mteliz bucoxit. (FN)(AH)


[] 俺たちは「ここへおいでよ」と皆に声をかけた。


çku : 私たち、僕ら、俺たち

hako : ここで、ここに、ここへ

moxtit : mulun (やって来る) : 命令法複数

ma : 引用詞

do : 等位接続詞

mteliz : mtel(i)(すべて、全部、全員、皆) : 形容詞の名詞用法、与格

bucoxit (1) : ucoxams (声をかける、呼ぶ) : 私たちがその人たちに声をかけた


(1) 複人称活用形です。動詞の章で詳述します(→ 11. ~)



(B) “Var ipelen” ma do p’t’axat’t’i şa “dixma(r)inen” ma do mebaşkvi. (FN)


[] 私は何の役にも立たない」と(考えてそれを)破棄しようとしたが、

「きっと何かに使える」と(思い直して)そのままにした。


var ipelen : ipelen (役立つ) : 直説法未完了相現在三人称単数否定

p’t’axat’t’i : t’axums (折る、割る、壊す) : 直説法「過去における未来」(1)一人称複数

şa (*) : 等位接続詞

dixmarinen : oxmarams (使う) : 肯定冠接辞do- ~ d- + 非人称法現在

mebaşkvi : naşkumers (放置する) : 直説法完了相基本形一人称単数


(1) Arhavi郡方言と東部方言では「過去における未来」はこれとは別の形態で表現します(→ 13.)


(*)(→ 7.3.)

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8.1.2. şo


引用詞şoは、二人称か三人称に対する命令・要望を表わします(1)


必ず「言う」という意味の動詞it’urs (西) ~ zop’ons () ~ tkumers ()または「特定の相手に言う、告げる」という意味の動詞u3’umers の命令法、希求法または未来形を伴います(2)



(1) ●●●「改竄文書」p.334には 「二人称の人物(= 対話者)の発言を引用するときに用いる接辞である」という記述がありますが、とんでもない間違いです。


二人称の人物(= 対話者)に対して「こう言え」という命令をするときに用います。

三人称に対する「こう言ってもらいたい」という要望でも用います。

接辞ではなく独立した「語」です。


(2) ●●● 同ページの少し先には「命令法か未来形の動詞を伴う」という記述がありますが、これも、不十分なるがゆえに間違いです。希求法の動詞も後続します。


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(A) “Baba-şk’imi noğaşa idu” şo t’k’vi. (ÇM)(AŞ)


[]「父は今、商店街へ行っています」と[もし来客があったら]言いなさい。


baba : 父、お父さん、親父

şk’imi : 人称代名詞ma[1]の属格形 : 私の、僕の、俺の

noğaşa : noğa (商店街) : 双方向格; 商店街へ、商店街から

idu : ulun (行く) : 直説法完了相基本形三人称単数;

(今どこかへ)行っている、(過去にどこかへ)行った

t’k’vi : it’urs (言う)(1) : 命令法単数; お前が[不特定の人物に]言いなさい


(1) it’usと発音する人も多いのですが、本稿では代表形として it’ursを採用しています。


 

(B) “Şk’u Lazi boret” şo t’k’vaten. (AŞ)


[] お前たちは「私たちはラズ人です」と[誰かに訊かれたら]言うのですよ。


şk’u : 人称代名詞一人称複数 : 私たち、僕ら、俺たち

boret : 繋合動詞on : 直説法未完了相現在一人称複数

t’k’vaten : it’urs (言う) : 直説法未来二人称複数 ;

あなた方が[不特定の人物に]言うのですよ



(C) “Komoxti” şo mi3’vas. (中・東)


[] あの人が私に「おいでよ」と言ってくれますように。


komoxti : mulun (やって来る) : 肯定冠接辞ko- + 命令法単数

mi3’vas (1) : u3’umers (特定の相手に言う) : あの人が私に言ってくれますように


(1) 複人称活用形です。動詞の章で詳述します(→ 11. ~)



(D) Berepe-çkunik “Baba-çkuni moxtasen” şo tkvan.(FN)


[] うちの子供たちが「父はすぐ来ます」と

[もしも来客があったら]言うように[あなたが言い聞かせてください]ね。


berepe : bere (こども): 複数

çkuni : 人称代名詞一人称複数çkuの属格形 : 私たちの、僕らの、俺たちの

-k : 能格接辞

moxtasen : mulun (やって来る) : 直説法未来三人称単数 

tkvan : zop’ons (言う) : 完了相希求法三人称複数

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8.1.3. ya  


引用詞yaは、引用文の後でma[2]およびşoを用いるべきでないすべての場合に(*)用います。三種類の用法があります。


[1]「単独で引用文の後に立つ」

[2]「動詞it’urs (西) ~ zop’ons () ~ tkumers ()またはu3’umersを伴う」

[3]「接続詞doを介して次の文に続く」


(*) ●●●「改竄文書」p.335に「接辞yaは二人称及び三人称の人物の発言を引用するときに用いる」という記述がありますが、間違いです。


接辞ではなく独立した「語」です。

Çamlıhemşin-Ardeşen 方言群では、一人称の人物(= 話者)の発言を引用する時にも用います。

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8.1.3.1. 単独用法 ~ と言った、~ だとさ、~ だって


中部方言で頻繁に観察できる用法ですが、西部方言では稀なようです。地域別の出現頻度について更なる調査が必要です。


Memetik “3’k’ar maominu” ya. (AH)


[] Memetが「喉が渇いた」と言った / Memetが「喉が渇いた」んだって。


Memetik : アラブ語起源の男の名Mehmethが脱落した形の能格形

3’k’ar :

maominu : maominen (喉が渇く) : 直説法完了相基本形一人称単数

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8.1.3.2. İt’urs (西) ~ zop’ons () ~ tkumers ()またはu3’umersを伴う用法


(A) Eminek “Ar tutaşa vikomocare” ya t’k’u. (PZ)


[] Emineが「あとひと月足らずで嫁ぎます」と言った。


ar : 数詞; 一つの

tutaşa : tuta「月」+ 後置詞-şa (~ 以内に、~ までに)

vikomocare : ikomocen (嫁ぐ、嫁に行く) (*) : 直説法未来一人称単数

t’k’u : it’urs (言う) : 直説法完了相基本形三人称単数


(*) cf komoci (夫、婿) (西 + FN)

Arhavi方言ではkomoli

東部方言ではkimoli



(B) Eminek “Ar tuta şakiz gamabitxvare” ya t’k’u.(AH)


[] Emineが「あとひと月足らずで嫁ぎます」と言った。


gamabitxvare : gamitxven (嫁ぐ、嫁に行く) : 直説法未来一人称単数



(C) Ma si “Hak ela” ya gi3’vi. (西)


[] 私はお前に「ここへ来い」と言ったんだよ。


hak : 場所の副詞 (ここへ、ここに、ここで、ここを)

ela (1) : mulun (やって来る) : 命令法単数(来てくれ、おいで、いらっしゃい)

gi3’vi (2) : u3’umers (特定の相手に言う) : 私があなたに言った


(1) ギリシャ語とブルガリア語に同音同義の語があります。面白いことに、三言語のいずれでもこの語形は命令法に現れる例外で、「やって来る」を意味する動詞の他の法(直説法など)とは語根が違います。


なお、この語形は西部方言にのみ存在し、複数形はelat です。もう一つの命令法の形moxt’i ~ moxti 及び肯定冠接辞を伴った komoxt’i ~ komoxti は、西部方言をも含めて全方言で用います。


(2) 複人称活用形です。動詞の章で詳述します(→ 11. ~)



(D) Padişahik “Ma dobğura şkule si çkimi t’axtiz gelaxedare” ya zop’ont’u. (AH)


[] 皇帝は「私が死んだらお前が私の玉座に着くのだよ」

と言うのが常であった。


padişah(i) : 皇帝、君主、サルタン < トルコ語padişah < ペルシャ語pâdishâh

dobğura şkule : ğurun (死ぬ): do- (肯定冠接辞) + 完了相希求法一人称単数 + şkule (後で)

t’axti : 王座、玉座、権力の座 < トルコ語 taht < ペルシャ語

gelaxedare : gelaxedun (座に着く) : 直説法未来二人称単数

zop’ont’u : zop’ons (言う) : 直説法未完了相過去三人称単数


(→ 8.2.1. の項の例文)

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8.1.3.3. 接続詞doを介して他の動詞に続く用法 ~ と、~ と言って


Oyi, sevda, oyi, gokomocaman.

Şk’imi sevda başk’as muç’e meçaman ?

Vorsi sfa on” ya do mogip’icaman.

Sk’ani vore, sk’ani. Govaxelare.


[]

なんということだ、恋人よ、おお、お前は輿入れさせられる

わが恋人をどうして親たちは他の男にくれてやろうとするのだ

「いい嫁ぎ先だ」と言って寄ってたかってお前を騙そうとしている

私はお前のものだ わが恋人を抱きしめたいものだ


oyi : 苦悩、悲嘆を表現する間投詞

sevda : 恋、恋情、恋人 < トルコ語sevda < アラブ語

gokomocaman (1): okomocams (嫁がせる、嫁にやる) : [複数の人物が]お前を嫁にやる(*)

şk’imi : 私の、僕の、俺の

başk’a : 形容詞(他の) : 名詞用法(他人) < トルコ語başka

muç’e : どうして、どうやって、なんで

meçaman (1) : meçams (与える) : [複数の人物が]お前を人にやる(*)

vorsi : よい、好ましい

sfa ~ sva : 場所、ところ

mogip’icaman (1): moyp’icams (、ご機嫌を取る): [複数の人物が]お前のご機嫌を取る(*)

sk’ani : あなたの、君の、お前の

vore : 繋合動詞on :直説法未完了相現在一人称単数

govaxelare (1) : gvaxelams (愛しいものを抱きしめる) : 愛しいあの人を抱きしめるぞ


(1) 複人称活用形です。動詞の章で詳述します(→ 11. ~)

(*)ラズ語では、家族、親類縁者、村の共同体、団体、国家などの決定によって「ある人が、自分の自由意思を問われることなく(時には騙されて)、何かをさせられる」場合に、主語を明示せずに三人称複数の動詞を用いて「(名指さない複数の人物が)ある人に何か をさせる」という言い方をします。

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8.2. 前置引用詞


ラズ語で観察できる唯一の前置引用詞kiは、外来語です。トルコ語の前身であるオスマンル語にはペルシャ語起源の接続詞kiが定着していたのですが、それが(現代)トルコ語を経てラズ語にも伝わったものと考えて間違いないでしょう。ラズ語としては非常に不自然な構文を要請するものなので、ラズ人の中にはこの語をラズ語の語彙と認めない人もいます。


理屈の上では前置引用詞を使用すれば後続の引用文の後には何も要らないはずですが、実際には、引用文の後にさらに後置引用詞を付加する例が頻繁にあります。外来語として十分に「こなれて」いないことの証左でしょうか。それとも「挟置引用詞が成立する途上だ」と解釈すべきなのでしょうか。

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8.2.1. ki


Padişahik zop’ont’u ki “Ma dobğura şkule si çkimi t’axtiz gelaxedare” ya. (AH)


[] かつて皇帝、常々いわく「私が死んだらお前が私の玉座に着くのだよ」


(皇帝がよくこう言っていた。いわく「私が死んだ後でお前が私の玉座に着くのだよ」と。)


(→ 8.1.3.2.D)